ラムサール条約編:めざせ!環境エキスパート!

製作:前橋工科大学大学院 阿部 泰宜

第1回は、ラムサール条約について取り上げてみることにします。
『環境』というマイナーな分野の言葉の割には、それなりにメジャーで、
環境に興味があるないに関わらず、多くの人が一度は耳にしたことがある言葉だと思います。

この条約は特に「水鳥の保護のための湿地の保護」を面目としています。
まぁ、実際に水鳥を保護するためには、それらを取り囲むすべての環境(水資源・動植物等)を保護する必要があるため、
湿地の環境・生態系ひっくるめて保全してしまおう、という条約なのです。

さて、この条約は、1971年にイランのラムサール(Ramsar)という小さな都市で開催された、
「湿地及び水鳥の保全のための国際会議」において作成され、1975年12月21日に発効されています。
環境分野での国際条約としては、随分古い歴史をもった条約だなぁ、と思っていたら、それもそのはず、
ラムサール条約は、世界的規模で自然資源の保全を掲げた最初の条約であり、
現在では広く用いられるようになった重要な概念『Wise Use(賢明な利用)』を、採択当初から取り入れていたことから、
環境の分野では非常に革新的な条約であったと言うことが出来ます。
(『Wise Use』については後ほど詳しくご紹介いたします。)

ちなみに、このラムサール条約、この呼び方は通称でありまして、
無論、条約が採択された都市『ラムサール』にちなんで、こう呼ばれているわけなのですが、
その正式名称は、『特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約』と言って、
何だか、やたら長い上に、なんだか説明臭くって、とても語呂が悪いような気がする条約名なのです。
え〜、英語では、
『Convention on Wetlands of International Importance Especially as Waterfowl Habitat』
と言うらしいです。

湿地は、魚や貝、鳥、獣など、多様な生物の生息環境であり、
特に渡り鳥(水鳥)にとっては、遠距離の移動の途中で羽を休め、エサを補給出来る欠かすことのできない場所となっています。
しかし、湿地は、工業排水や家庭排水などで汚染されやすく、土砂やヘドロも流れ込みます。
さらに、都市に隣接した湿地では、干拓や埋め立てなどの開発が行われ、湿地本来の姿を失うことになります。
このように、湿地は容易に破壊される危険性を孕んでいるのです。
国際的に湿地の破壊をくい止める必要性が認識されるようになりましたが、
実際に湿地の保全を行う際には、湿地には国境をまたぐものもある上、
水鳥の多くは国境に関係なく渡りを行うため、国際的に協力して保全する取り組みが必要でした。

ラムサール条約は、そのような背景のもとで採択され、
締約国が国際協力により湿地の保全や『Wise Use』を進めることが、条約の目的となっています。
また、ラムサール条約は、ラムサール条約に登録した湿地だけでなく、
世界に存在する全ての湿地の賢明な利用と湿地の復元を目指しています。
つまり、ラムサール条約湿地に登録されることにより、特に地域住民が湿地に対して関心を持ってもらい、
多くの人に湿地の重要性を認識してもらおう、という働きかけです。
ラムサール条約の全文を読んでみたいという方は、環境省生物多様性センターHPの『ラムサール条約』からご覧ください。

ラムサール条約に加入する国々は自国の湿地を、条約で定められた国際的な基準に従って指定し、
条約事務局へ通知することにより、
指定された湿地は、「国際的に重要な湿地に係る登録簿」に登録されることになります。
これがいわゆる「ラムサール条約登録湿地」です。
ラムサール条約締約国は、1つ以上の湿地をラムサール条約湿地として登録する必要があり、
日本は、1980年の条約加入の際、「釧路湿原」をラムサール条約湿地として登録しました。

締約国には、国際的に重要な湿地の登録や、登録地の保全と適正な利用を促進するための計画の作成と実施、
さらには、登録湿地に限らず湿地及び水鳥の保全活動の促進、
湿地の研究や、管理者への研修の促進、国際協力の推進などが求められます。

2006年3月8日現在で、ラムサール条約締約国150ヶ国、登録湿地数1591ヶ所、その合計面積は約134,033,325haに及びます。
日本においては、2005年10月に新たに20湿地が条約湿地として指定され、
同年11月8日にその全てが同条約の登録簿に掲載されました。
これにより、日本の条約湿地数は合計で33か所となっています。
日本の条約湿地の特徴として、水鳥の生息地に限らず、
マングローブ林、サンゴ礁、地下水系などの多様なタイプの湿地を登録する傾向にあり、
湿地の環境保全という面で、先進的な評価を行っています。
日本の条約湿地は、環境省自然環境局野生生物課HP「日本の条約湿地」で詳しく紹介されています。

ラムサール条約締約国は、3年ごとに締約国会議を開催し、
各国の登録湿地の保全状況などを話し合うことになっています。
ちなみに、このラムサール条約に関する予算は、条約締約国各国の分担金によって賄われています。
2005年の日本の分担金は、約71万スイス・フラン(約6500万円)となっており、
米国に次いで拠出第2位となっています。

さて、先ほども触れましたが、このラムサール条約を語る上で、非常に重要な概念があります。
それは、『Wise Use』という概念です。
一般的に、「賢明な利用」と呼ばれることもあります。
この『Wise Use』という概念は、簡単に言ってしまえば、
『環境は守ればいいというものではない。利用して生かされてこそ、その価値が上がる』
といった感じです。

例えば、ここで、
ある自然環境を守る条約が新たに締結されたとして、
あなたはその条約がどのような形で『自然環境を守っていくこと』を想像するでしょうか。
一般的な『自然環境を守る』というイメージは、『自然環境に近づかないこと』ではないでしょうか。
つまり、厳格な保護地域にするなどして、人の立ち入りを厳しく規制するなどの方策がとられるということです。
しかし、人間は自然に生かされている生き物です。
自然の恩恵に与って生活を行なっています。
それが、その自然が条約対象となることで近づくことすら出来なくなり、
自然の恩恵を受けられなくなってしまい、多くの人々が苦しんでしまったのでは本末転倒です。
つまり、自然を人の生活から隔絶することは、真の意味での自然環境保護にはならないのです。

ラムサール条約で提唱された『Wise Use』の概念は、そのような背景から形成されています。
昔から人々に生活の糧を与えてきた湿地からは、魚介類などの多くの恵みを得ることが出来ます。
無論、貴重な水資源の供給源にもなっています。
それらの生態系と野生生物などの資源を子孫に伝えられるように守りながら、
湿地からの恩恵を持続的に活用することが『賢明な利用』であるといえます。
適正に管理された観光による利用もまた、賢明な利用と捉えることが出来ます。

ここで、ちょっと視点を変えて考えてみましょう。
ラムサール条約のような自然環境保全のための条約は、本当に自然環境のために行なっているのでしょうか?

恐らく、そうではないと思います。
多くの反論はあるかもしれませんが、自然環境のための保護ではなく、人間のための保護でしょう。
それは、自然環境がなくなってしまって一番困るのが、人間だからです。
例えば、自然環境がなくなっても困らない状況・生態系の中で人間が生きているなら、
そんなものを保護しようなどという考え自体が浮かばないでしょう。
無駄な努力は誰もがしたくはありません。

本当に自然環境を保護したいのであれば、
最も自然環境に悪影響を与えている人間から隔絶してしまう方法が、最も良い方法のはずなのです。
(勿論、人間の活動によってバランスのとれた生態系を保つこともあります)
しかし、この『Wise Use』の概念では、人間による適正な利用を許可・推進しています。
このことから、湿地から得られる恩恵を手放したくはないという、
人間本位な条約であることを示していると解釈することも出来ます。

『Wise Use』という概念を否定するつもりは全くありません。
むしろ、尊重すべき概念であり、この概念なしに『持続的な発展』を行なうことは不可能でしょう。
(『持続的な発展』については次回以降で詳しく解説いたします)
自然環境との共生という考え方を助長させたという意味でも、非常に重要な概念です。
ただし、その概念の切れ端に、この条約が誰のものであるかが読み取れることを知ってもらいたかったのでした。

だいぶ話が横に逸れてしまいました。

さて、ラムサール条約に登録されるには、湿地にどのような条件が必要なのでしょうか。

ラムサール条約では、沼沢地、湿原、泥炭地または陸水域、
および低潮時における水深が6メートルを超えない海域などを『湿地』として定義
し、
その条件を満たす水域を登録の対象としています。
また、その湿地が、永続的なものであるか一時的なものであるか、
更には水が滞っているか流れているかを問いません。

詳しい湿地の分類は、環境省自然環境局野生生物課HP「湿地分類」からご覧ください。

そして、その選考基準の大きな特徴として、
『指定される湿地は、天然の湿地であっても、人工の湿地であってもよい』
という条件が挙げられます。
…つまり、
選考基準を満たせば、自らの手でラムサール条約湿地を製作することが出来るということです。
勿論、それだけで登録の対象となるわけではなく、以下の基準を満たしていることが求められます。

国際的な基準は以下の通りとなっています。
基準1:特定の生物地理区を代表するタイプの湿地、又は希少なタイプの湿地
基準2:絶滅のおそれのある種や群集を支えている湿地
基準3:生物地理区における生物多様性の維持に重要な動植物を支えている湿地
基準4:動植物のライフサイクルの重要な段階を支えている湿地
     または悪条件の期間中に動植物の避難場所となる湿地
基準5:定期的に2万羽以上の水鳥を支える湿地
基準6:水鳥の1種または1亜種の個体群で、個体数の1%以上を定期的に支えている湿地
基準7:固有な魚類の亜種、種、科の相当な割合を支えている湿地
     また湿地というものの価値を代表するような、魚類の生活史の諸段階や、種間相互作用、個体群を支え、
     それによって世界の生物多様性に貢献するような湿地
基準8:魚類の食物源、産卵場、稚魚の生息場として重要な湿地
     あるいは湿地内外における漁業資源の重要な回遊経路となっている湿地
基準9:湿地に依存する鳥類に分類されない動物の種及び亜種の個体群で、
     その個体群の1パーセントを定期的に支えている湿地
注)魚類;魚、エビ・カニ・貝類

そして、さらに、日本においては、以下の条件を満たしている必要があります。
条件1:国際的に重要な湿地であること(国際的な基準のうちいずれかに該当すること)。
条件2:国の法律(自然公園法、鳥獣保護法など)により、将来にわたって、自然環境の保全が図られること。
条件3:地元住民などから登録への賛意が得られること。

ということはですよ。
国際的な基準を満たしていたとしても、日本では条約湿地になれないこともあるのでしょうか…?
日本の条件2あたりがなかなかにクセモノのような気がします。
まあ、国際的な基準にしても、数字などで定量的に策定しているわけではないので、
選考はなんとも難しいような気がしますが…。

え〜とまぁ、そう考えていくと、もしかしたら、
いつの日か△池も登録の対象となる日が来るかもしれません!
想像してみてください。
大学構内にラムサール条約湿地。
なんとも素敵な話じゃありませんか!
きっと、レポートや実験に疲れた学生の荒んだ心を、大いに癒してくれることでしょう。
国際基準では基準2あたりに引っかかることに期待です。
何せ△池には、今や希少種のメダカや、ヘイケボタル、
さらには絶滅危惧レベルでは、あのイリオモテヤマネコやクマタカ・イヌワシと肩を並べる、
ホトケドジョウなる怪しげな希少種が繁殖していますし(国際的に希少種なのかどうかは不明ですが)。
そうなると、やはり日本の条件2がネックになります。
というか、△池の場合、切ないことに条件3も危ういです…。

…ちなみに、
私自身は、△池に水鳥が飛来しているところを見たことはありません…。

湿地保全に関する今後の課題として、
ラムサール条約締約国・登録湿地ともに年々増加傾向にありますが、
アジア地域では加入が少なく、締約国であっても、登録湿地が少ないことや、
一部の登録湿地は開発の脅威に晒されているなど、解決しなければならない問題が数多く存在しています。
逆に、条約締約国の増加、議論の対象となるテーマの拡大に伴って、締約国同士の利害が対立し、
合意形成に時間を要したり、決議の採択時に締約国が留保を付するという事態が生じています。
世界が足並みを揃えて…というわけには、なかなかいかないのが現実のようです。

参考資料
環境省HP
外務省HP
EICネット:環境情報案内・交流サイト
RAMSAR CENTER JAPAN HP
IUC日本委員会HP

前橋工科大学梅津研究室HP阿部泰宜HPめざせ!環境エキスパート!ラムサール条約編