前橋工科大学 図書館脇 三角池の変遷
1997年春より
前橋工科大学 助教授 梅津 剛


step1 △池はアオコだらけだった・・・・
step2 △池に、炭素繊維水中ろ材を突っ込んだ・・・
step3 △池、透視度回復、メダカ大群池になる!
△池の掲示板「今日のホタルは何匹だ?」




step1 △池はアオコだらけだった・・・・[2005.06.18記載]

1997年といえば、その4月、これまで短期大学だった本学が、4年制大学になった年です。
私はまだホタルの研究も養殖も何も始めてはいない。
ただ、新分野の研究として、「自然エネルギーの有効利用」をやろうと、なんとなく、思っていた春でした。

しかし周囲では、通産省NEDO「炭素・水環境プロジェクト」は2年目を迎え、炭素繊維水中ろ材の活用を、
いよいよ本格的に実施しようという段階に至っていたのです。

三角池。
前橋工科大学の図書館の脇にある、直角2等辺三角形の形をした、
水深わずかに35cmほどの、コンクリートの池です。水容積は10^m3ほど。

日当たりは、朝日からバンバン。
夕方は建物にさえぎられ、日陰となる、そんな立地条件です。

水は、ほとんどが雨水で、いちおう水道が付いていましたが、
かけ流しはぜず、通常は「溜まり水」状態。

一定の水深以上になると、オーバーフローします。

当時、誰もこの池に目を向ける人はいませんでしたが、誰かが入れた金魚が数匹泳いでいました。
無論、陸地や藻場などは無く、そのために、見事なアオコ。実に気持ちが良いほど真緑色を呈していたものです。

なんでも、年に一度、事務局の用務の担当者が、水を抜き掃除をしていたそうです。
その際に、金魚などをバケツに取り、水を換えた後に、放流。これが繰り返されていたそうです。

【凝集剤によるアオコの除去実験に使われた三角池1997.7月頃の話】

三角池は、最初に「アオコの凝集剤分離」の実験が行われました。
もちろん、実施代表者は尾崎教授。そのとき、その様を私は、しみじみと見学していました。

「凝集剤を添加する。ケロイド状態になって、浮くものは、浮く、沈むものは沈む・・・・」

それにしても、おかしい?アオコはあそこまで、多量には無いはずだ。
そんなに多量の除去物が、沈殿物が、あるわけは無い・・・・

そうです。凝集沈殿では、沈殿物のほとんどは凝集剤。アオコなどは極その一部に取り込まれた形で、
実際には極わずかしか含まれてはいないのです。

このときの思いが、後の「低濃度オゾン泡沫浮上分離によるアオコの除去」構想の発端となりました。

【現存する最古の写真:三角池で炭素繊維を吊る!の巻】

その年の9月。4月より、だんだん炭素繊維をいじり出した私は、ホタルやグッピーを飼育し、
水槽で炭素繊維を吊って、活性汚泥と友達になりつつあるころです。

凝集分離も、いったんは少々透視度を回復しましたが、入れた凝集剤を全て除去できたわけではなく
1ヶ月も経った頃、アオコ濃度はさらにもまし濃くなって、緑一色、役満風になっていました。

「ふーむ。ほんじゃ、吊ってみっか・・・・」尾崎先生と炭素繊維を吊ったわけです。
ちょうどこの頃、コロナ放電方式のオゾン発生器を入手し、オゾンの利用法の研究も始めていました。

「オゾン曝気と炭素繊維水中ろ材による池水浄化大作戦」のスタートでした。

-->現在は、この方法はあまり好んでは使用しません。
低濃度とはいえ、オゾンの曝気は微生物相を破壊します。
たしかにオゾンには、脱色効果や凝集効果があり、透視度を向上させるのですが、
炭素繊維との併用という形で、同じ場所でオゾンを吹かすというのは、少々相殺効果でエネルギーが無駄。

さぁ!見てみましょう。

おー!緑だ〜。今とは全く違う情景です。左のコンクリートの上には、
エアポンプとオゾン発生器がおいてありました。

吊り方も、まだ炭素繊維の特性を生かしきってはいません。
このころは、繊維群に微生物が付着する状況も、何日何週間もかけて太っていけばよい、という考え方でした。
-->今は、開扇する形状を用いているので、汚れはあっという間に付着します。

これは、三角池の中心に螺旋階段があって、そこから吊った炭素繊維付近を真上から撮ったものです。

うーむ。これは、いったい、誰の手でしょう?当時の水谷技術員でしょうか?エーハイムのマグネットポンプですな。
これを、ブロックに固定し、おそらくは水の水平循環を作ろうとしたのでしょう。
ブロックにつけたのは、動かないようにするためと、底のヘドロを吸い込まないようにするためです。

そう、これが最初の企みでした。
もちろん、このように少量の炭素繊維では、この真緑色が薄まることなどありません。
アオコが、炭素繊維に付着するのか?そんな疑問から、ちょこと試された、実験でした。

この後、この実験、この炭素繊維は、人々から忘れ去られ、冬を越し、春を迎えることになります。

つづく・・・・・(oo)




step2 △池に、炭素繊維水中ろ材を突っ込んだ・・・[2005.06.29記載]

ふーむ。1998年の写真がありません。このころ、池水浄化の話は、たいそう盛り上がってはいたのですが、
△池は、「アオコの生産場所」として、真緑色に「保持しておくことにした」のです。
通常は、年一度の完全水抜き掃除も、「それはしないで」とお願いし、ホントに緑色の、池でした。
コイも数匹いたような気がします。

1999年7月の写真が、残っています。炭素繊維水中ろ材の研究が進み、非常に効率的に水の中に
存在させる技術ができてきたのも、この頃です。

一次元の繊維を、編むことによって二次元に。そして、それをねじることによって、三次元空間を作る。

そうして、△池にも、1m^2ほどの炭素繊維水中ろ材を入れてみよう!という日が来たのです。

そう、これでした。

この葉っぱの風情ですと、おそらくは、秋口でしょう。炭素繊維に膨大な量のアオコがくっつき、
そのためアオコの濃度が薄くなって、透視度が向上した様子が伺えます。

そして、各所でエアレーションを併用し、溶存酸素と対流効果を高め、単一生物が卓越する水域から、
多生物、多くの種類の土壌菌群が棲息できる環境を構築するための、スタートとなりました。

現在は、このCF群がどこにいるのかが、よくわからなくなってしまっていますが、おそらくは、
その上を膨大なるクレソン群が覆いつくし、湿地帯のようになっているのでしょう。

この年、1999年は「ホタルを一年中出すことのできた」ことを、様々に実証しているときでした。
既に、2年目を向かえ、冬から夏にかけても、日あたり数匹の時もありましたが、確実に、
ホタルを出生させていました。
だから、この頃も、△池に立ち、いつかはここで、ホタルを飛ばしたいなぁ・・・と思っていたことでしょう。

そして、この年の夏。群馬県のとあるゴルフ場で、池越えショートホールの小さな池で、
ソーラーパネルを用いた池水浄化大作戦が決行されたのでした・・・

つづく・・・・・(oo)




step3 △池、透視度回復、メダカ大群池になる!
2000年春。△池は「池水浄化と生物環境創出の実験場」と化しました。
様々なろ材が投与されていきます。角用とか・・・・

2000年夏。△池は透視度が回復しました。この年、様々な「物」が△池に入れられました。
炭素繊維をベースとして、徐々に「水中ろ材」という意味合いから、「藻場造成」という方向に変わって行ったのです。

ほんと、今の状況からは想像できないほど、何もありません。
この年、20匹はいたコイを捕獲する壮大な作戦が実施されました。

「微生物からの生態系、小生物の食物連鎖環境から始まる池水環境」
それらの動向を見るためには、30cm以上のコイは、大変厄介。
どうしても排除する必要があったのです。

まず、池の水を取水して、「物理濾過」を行う実験を行いました。

かなり、壮大な実験装置です。CFマットの持つ濾過能力で、池の水はぐんぐん透視度を向上させていき、
浮遊するアオコは、一時期ほとんどなくなりました。

装置の中は、でろんでろんの、アオコで一杯になりました。
そして、透視度が向上すると共に、アオミドロが徐々に発生し始めたのです。

メダカも5月に放流し、CFのも場に卵を産み、夏には数倍の量に増えていました。
「メダカの学校とは、このことだなぁ・・・」(メダカ群の泳ぐ姿の写真の良いのががない・・・)

今(2005年6月)は、完全に湿地化して、どこのナニが置いてあるのかはまるで解らない風情ですが、

1999年に入れたCFろ材はすっかり定着。

現在のBioWorld CF PONDの原型となる、炭素繊維水中ろ材です。この上に、花壇を設置しました。

この花壇は、水面上に置かれているにもかかわらず、しっかりと水を吸い上げることが可能です。
そのため、

このように、バジルが生長しました。(風で倒れること、良くあり)

三角形の角には、こんなものも置かれました。いまでも、草の中に、これは眠っています。
そして、今は、この陸地に腐食した草が積層し、蛍の上陸可能な状況にまでなっているようです。

いずれにせよ、いままで、何も無かった△池に、徐々に陸地が構築されていったのです。
このころから、「いつかはここで、ホタルを出したいものだなぁ・・・」
という気持ちが生じていたのでしょう。

何もない池に、水中ろ材が投与され、エアレーションを行い、メダカを放流し、それが爆発的に増えていった。
このことから、△池は、2001年、ダイナミックな変化を遂げるのです。
つづく・・・・・(oo)
梅津研究室 滑ツ境技術研究所 △池実況BBS